M様ご夫婦は、結婚当初からご主人が奥様に対し、怒鳴ることが時折みられていました。お互い認知症になってからは、感情・行動のコントロールが上手く出来なくなり、ご主人に怒鳴られた奥様が家を飛び出していくことが頻繁に起こり、屋外での転倒・交通事故・行方不明などの危険がありました。
奥様はご主人に怒鳴られることにストレスを感じており、ご主人と離れる時間を作り、ストレスを軽減させる必要があると考えました。
また、ご主人にとっても奥様を怒鳴る機会が減る分、お互いの精神的負担が軽減し、在宅生活を継続していけるのではないかと考え、奥様のデイサービスの利用を開始しました。
奥様はもともと話し好きの性格なので、他者ともすぐに打ち解け交流を楽しまれるようになりました。楽しそうにデイサービスに行く奥様を見たご主人は、「おまえの行きよるところはそがん楽しかとや?おいも風呂に入りたかけん行ってみろうか」と言われ、ご主人もデイサービスを利用されることになりました。
その後、奥様の要介護度があがったことで、利用日を週1回から週3回に増やされ、ご夫婦が毎日交代でデイサービスを利用するという形になりました。そんな中、奥様が利用されている日に、ご主人が歩いてデイサービスに来所されることがありました。
その後、ご主人の要介護度もあがり、ケアマネジャーから夫婦共デイサービスの利用日を週4回ずつにしたいとの相談を受けました。
しかし、週4回ずつということは、ご夫婦が一緒に利用する日が2日発生してしまい、デイサービスで一緒になられたご夫婦がどのように過ごされるか懸念していました。
もし、ご夫婦でのトラブルがあった場合は、職員がすぐに仲介に入ることで、事故やトラブルを未然に防ぐという方針のもと、週に2回、同じ日にデイサービスを利用していただくこととなりました。いざ、利用されてみると、ご夫婦はお互いのことを常に気にしている様子でしたが、予想とは異なり、お二人とも穏やかに過ごされていました。
しかし、奥様の認知症が進行し、妄想が現れ、「家の庭に男の人がやってきて傘を盗んでいくとよ」とだれかれ構わず訴えられるようになりました。
その頃、ご主人だけがデイサービスを利用される日、毎回入浴が終わると、どうしても自宅に帰ると言われるようになりました。そのため、サービスの途中で家までお送りすると、奥様の顔をちらっと見て、「もうよかけん、また佐賀みなみに連れていってくれ」と言われました。
ご主人が自宅に一旦帰りたがるのは「家の庭に誰かが傘を盗りにくる」という奥様の訴えを案じてのことではないか。それならば、ご夫婦の週4日の利用日を全部一緒にしてはどうか、と考え、サービス担当者会議でケアマネジャーやご家族と話し合い、最終的にデイサービスの利用日を全て一緒にすることとなりました。
デイサービスのご利用当初は、お互いのストレス軽減を図るため、ご夫婦が別々に過ごす時間をどう作るかということを考えていました。
ご主人は奥様のことをよく怒鳴っていましたが、奥様の姿が見えないことを不安に思っていたことがわかりました。そのように考えると、ご主人がデイサービスに行くと言い始めたのも、奥様と一緒に居たかったからではないだろうか、デイサービスに歩いて来所されたことも奥様のことを心配してのことだったのではないだろうか、と思われます。
そしてまた、奥様も他の人と会話をしているときも常にご主人のことを気にかけていらっしゃいます。お一人でデイサービスに来られていたときも、「あの人はお昼ご飯はどうしたやろうか」「あの人は着替えもどこにあるかわからんとよ」と心配されていました。
ケンカしながらでもご夫婦が一緒にいることこそが、お二人にとっての「安心」なのだということが、支援を通して少しずつ見えてきました。それに伴い、支援計画のコンセプトも「離れている時間を作る」から「一緒に過ごせるようにする」へと変遷していきました。もちろんすべてのご夫婦に今回の事例のようなことが言えるかどうかはわかりません。認知症介護は個別性に富んでおり、さらにはご夫婦のかたちも千差万別だからです。支援する側としてはその個別性を観察し関係性を見抜き、変化していく状況に対応していくことが求められるのだと考えました。
M様ご夫婦の場合では、変化していくお二人の認知症、疾病、身体の状況のそれぞれについてケアマネジャーや医療機関、訪問介護、通所介護が情報を共有し密に連携を取り、ご夫婦を支える関係者がチームとなって支援をしていかなければならないと考えます。 一番大切なことは、ご夫婦であるお二人を別々に要介護者として考えるのではなく、ひとつのご夫婦として捉え、ご夫婦として幸せに在宅生活を送れるように、支援を行なっていくことであると考えます。
担当施設:ニチイケアセンター佐賀みなみ